相続対策のご相談では、対策の中身は熱心に議論されます。誰に何を残すか、どの財産をどう動かすか、いつ実行するか。一方で、その対策にかかる費用――専門家への報酬や、鑑定・登記・公証にかかる実費――を誰がいつ負担するかは、たいてい最後まで決まらないまま進みます。ここも設計の対象です。
相続税の申告報酬には、税務上の手当てがほとんどない
まず、いちばん手当てのない支出から確認します。相続税の申告報酬です。
相続税の申告報酬は、相続人が負担します。そして税務上は、次のようになります。
ひとつ、相続財産から債務として控除できません。債務控除の対象になるのは「被相続人が死亡したときに現に存在した被相続人の債務(借入金や未払金など)で確実と認められるもの」です(国税庁タックスアンサー No.4126)。相続税の申告報酬は、相続が開始したあとに、相続人自身の義務として発生します。被相続人の債務ではありませんから、控除の対象になりません。
ふたつ、相続人の所得税でも必要経費になりません。相続税の申告は事業や不動産賃貸のための支出ではなく、家事上の費用だからです(所得税法第45条第1項第1号)。
つまり100万円をお支払いになれば、100万円がそのままご負担になります。税で戻ってくる部分がありません。
生前にご本人が払う費用は、性質が違う
これに対して、生前の相続対策や事業承継の支援にかかる費用を、被相続人ご本人がお支払いになる場合は、事情が変わります。
お支払いになった分だけ、現預金が減ります。現預金が減れば相続財産が減り、相続税が下がります。相続税の限界税率が高い方ほど、この効果は大きくなります。
さらに、その業務がご本人の事業や不動産賃貸に関わるものであれば、所得税の必要経費に算入できる余地があります(所得税法第37条第1項)。必要経費になれば所得税・住民税が下がり、その分また現預金が残りますから、相続財産の圧縮と二重に効きます。
同じ100万円で比べると、こうなります。相続税の限界税率を50%、所得税・住民税の合計限界税率を43%と仮定した概算です。
| 相続人がお支払い | ご本人・家事費 | ご本人・必要経費 | |
|---|---|---|---|
| お支払額 | 1,000,000円 | 1,000,000円 | 1,000,000円 |
| 所得税・住民税の減少 | 0円 | 0円 | 430,000円 |
| 相続財産の純減 | 0円 | 1,000,000円 | 570,000円 |
| 相続税の減少 | 0円 | 500,000円 | 285,000円 |
| 実質のご負担 | 1,000,000円 | 500,000円 | 285,000円 |
同じ100万円でも、実質のご負担は最大で4倍近く違います。
ただし、付け替えはできません
ここで一度、釘を刺しておきます。
この差を見ると「では、相続税の申告報酬もご本人にお支払いいただけばよいのでは」と考えたくなります。それはできません。
相続税の申告は、相続人のための業務です。相続人が負担すべき費用をご本人が肩代わりすれば、相続人が利益を受けたことになり、相続税法第9条のみなし贈与の問題が生じます。契約書の形を整えても、実態が変わらなければ同じことです。
動かせるのは「誰が負担するか」ではありません。「どの業務を、いつ実行するか」です。生前にやるべきことを生前にやり、その対価を生前にお支払いいただく。それだけのことで、結果として負担者とタイミングが変わります。順序が逆になると、形だけの付け替えになります。
必要経費に振り向けるには、請求書を分ける
必要経費への算入も、自動的に認められるわけではありません。事業にも家事にも関わる支出(家事関連費)は、「業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分」に限って必要経費になります(所得税法施行令第96条第1号)。「明らかにされる」のは、支払う側の仕事です。
請求書を所得の区分ごとに分ける
「コンサルティング報酬一式」という一本の請求書では、必要経費にできる部分まで家事費として扱われかねません。
工数を記録する
担当者、日付、業務内容、所要時間。お見積りの段階で工数×単価の積算をしているのであれば、実行の段階でも同じ粒度で記録を続けます。
按分の基準を毎年そろえる
年によって基準が変わると、それ自体が疑いを招きます。
そのうえで、線を引きすぎないことも大切です。相続税の試算、遺言の作成支援、贈与の実行、相続人の地位に関する検討――これらはご本人個人の財産承継に関する業務であって、事業所得を生む業務ではありません。家事費です。ここを必要経費に入れてしまうと、否認されるだけでなく、正しく区分した他の部分の信頼まで失います。
家事費のままでも、生前にお支払いいただくだけで実質のご負担は半分になります。無理をする必要はありません。
払うタイミングにも選択肢がある
もうひとつ、あまり議論されない論点があります。前払いか、未払いかです。
生前にお支払いいただけば、現預金が減って相続財産が減ります。一方、業務の提供を受けたうえで未払いのまま相続が開始した場合、その未払報酬は被相続人の債務として債務控除の対象になります。課税価格を減らす効果は、どちらも同じです。
違うのは、納税資金です。相続税の納税資金が不足している局面では、未払いにしておくほうが現預金を温存できます。逆に、対策が進んで納税資金に余裕が出たあとであれば、前払いのほうが立証の手間がありません。
未払いにする場合は、「確実と認められる債務」であること(相続税法第14条第1項)を示せる状態にしておく必要があります。契約書、業務の完了報告、請求書。役務の提供が終わっていることが書類で分かるようにしておく。これは相続が開始してからでは作れません。
対策そのものと、対策にかかる費用は、どちらも設計の対象です
相続対策の打ち合わせでは、どうしても対策の中身に時間を使います。それは当然のことです。
ただ、対策には必ず費用がかかり、その費用は、誰がいつ払うかによって実質の重さが変わります。生前にご本人がお支払いになるものは、税が半分近くを引き受けてくれます。相続が開始してから相続人がお支払いになるものは、全額がそのままご負担です。
この差は、対策そのものの効果に比べれば小さく見えるかもしれません。それでも、長く続く対策では積み上がります。
何をするかと同じくらい、いつ・誰が払うか。そこまで含めて設計することを、私たちは相続対策と呼んでいます。
※ 本記事の税額は、限界税率を仮定した概算です。実際のご負担は各年分の課税所得や財産の構成により変わります。個別の設計にあたっては、直近の確定申告書に基づく試算をご依頼ください。
- 相続税法第9条(贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合)、第13条(債務控除)、第14条(控除すべき債務)
- 所得税法第37条(必要経費)、第45条(家事関連費等の必要経費不算入等)、同法施行令第96条(家事関連費)
- 国税庁タックスアンサー No.4126「相続財産から控除できる債務」
まとめ
何をするかと同じくらい、いつ・誰が払うか。そこまで含めて設計することを、私たちは相続対策と呼んでいます。
生前にご本人がお支払いになるものは、税が半分近くを引き受けてくれます。相続が開始してから相続人がお支払いになるものは、全額がそのままご負担です。
まずは初回相談からお気軽にご相談ください。那覇市・沖縄の事業者さまの財産承継を、実行まで伴走して支援します。
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公認会計士・税理士/税理士法人袖野会計 沖縄オフィス 代表社員
慶應義塾大学商学部在学中に公認会計士試験合格。有限責任監査法人トーマツ、TOMAコンサルタンツグループ、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社を経て現職。東証プライム上場企業の財務デューデリジェンス、中小企業のM&A・事業承継支援に従事。
沖縄税理士会所属(登録番号 第138425号)
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