社長を退いて会長になり、退職金を受け取る。会社の承継やM&Aでよく使われる形ですが、税務上「退職金」と認められるには三つの壁があります。三つのうち一つでも欠けると、退職金は「役員賞与」として会社の経費にならず、受け取った側も退職所得の優遇を失います。
本稿は、当事務所が関与した複数の案件の経験をもとに、特定の会社や事務所が分からないよう業種・数字・経緯を変えて書いています。
報酬の半減
賞与を含まない毎月の定期の報酬が、おおむね50%以上減っていること。
退職の実態
経営の主要な地位から本当に退いていること。決め手は報酬の数字ではなく実態です。
功績倍率法
金額が功績倍率法の目安に収まっていること。
一つ目の壁:報酬の半減
法人税の通達では、取締役が会長や相談役に退く「分掌変更」の場合でも、給与がおおむね50%以上減るなど、地位や職務が激変していれば退職金として扱えるとされています。
ここで基準になるのは、賞与を含まない毎月の定期の報酬です。例えば月額120万円の社長が会長になるなら、月額60万円以下が一つの目安になります。80万円では減額率が3分の1にとどまり、この基準を満たしません。
ただし、この基準は入口にすぎません。半分以下に減らしたからといって、それだけで退職金が認められるわけではないのが二つ目の壁です。
二つ目の壁:退職の実態
通達には「実質的に退職したと同様の事情にない場合を除く」という但し書きがあります。裁判例でも、報酬を大きく減らしていても、引き続き経営の中枢にいたと認定されて否認された例があります。逆に、減額率が5割強でも、実態として退いていれば認められた例もあります。決め手は報酬の数字ではなく実態です。
実態を作るには、代表権を返上し、決裁権と銀行との折衝を後任に移し、取締役会の構成を変え、職務を技術指導や取引先との関係維持のような限定的なものにする必要があります。
見落とされやすいのは、建設業や運送業などの許認可の責任者(人的要件)や、金融機関の連帯保証人を前社長が持ち続けるケースです。これらは「会社の経営を握り続けている」外形を残します。許認可の交代と保証の整理は、退職金の設計と一体で進めなければなりません。
もう一つ、分掌変更による退職金は「未払計上」が認められず、実際に支払うことが必要です。原資の手当てを先に考えておく必要があります。
三つ目の壁:功績倍率法
金額の目安として税務で広く使われるのが功績倍率法です。最終報酬月額に在任年数と功績倍率を掛けたもので、社長の倍率は3.0倍が一つの相場とされています。
| 項目 | 例 |
|---|---|
| 最終報酬月額(毎月の定期の報酬) | 1,200,000円 |
| 在任年数 | 20年 |
| 功績倍率(社長) | 3.0 |
| おおむねの上限 | 72,000,000円 |
社内に退職金規程があれば、その上限倍率との整合も見られます。
ここで注意したいのは、最終報酬月額は「毎月の定期の報酬」であり、賞与を月割りして上乗せすることはできない点です。賞与込みの平均で計算して上限を高く見積もっている例を、実務ではよく見かけます。
受け取る側の税金と、二度目の退職金
退職所得は、退職所得控除(勤続20年までは1年あたり40万円、20年超は70万円)を引いた残りの2分の1に課税されるため、給与や賞与で受け取るより格段に有利です。だからこそ税務署は「本当に退職したのか」を見ます。
二度目の退職金には落とし穴があります。
会長として残った後、数年で完全に退任してもう一度退職金を受け取る場合、役員としての勤続年数が5年以下の退職金は「特定役員退職手当等」となり、2分の1課税の優遇が受けられません。会長の在任期間を短く想定している場合、二度目の退職金は税務上の扱いが大きく変わります。承継の全体設計の中で、最初から織り込んでおくべき点です。
M&Aで退職金を使うとき
会社を売る場面では、退職金を株式代金の一部として使う設計がよく登場します。会社にとっては損金になり、売り手にとっては退職所得として有利、というのがその理由です。
ただ、三つの壁は同じように立ちはだかります。売り手が会長として残るなら、報酬・実態・金額の三点を満たす設計が必要で、買い手にとっては「認められなかった場合の追徴」をどちらが負担するかを契約で決めておく論点になります。
退職金は会社と個人の双方に大きな金額が動く場面です。決議の前に、税務代理人と弁護士の両方で設計を確認されることをお勧めします。当事務所でも、承継やM&Aに伴う役員退職金の設計についてご相談を承っています。
まとめ
役員退職金は、会社と個人の双方に大きな金額が動く場面です。報酬の半減・退職の実態・功績倍率の三点がそろって初めて、税務上の退職金として扱われます。
決議の前に、税務代理人と弁護士の両方で設計を確認されることをお勧めします。まずは初回相談からお気軽にご相談ください。承継やM&Aに伴う役員退職金の設計を支援します。
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公認会計士・税理士/税理士法人袖野会計 沖縄オフィス 代表社員
慶應義塾大学商学部在学中に公認会計士試験合格。有限責任監査法人トーマツ、TOMAコンサルタンツグループ、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社を経て現職。東証プライム上場企業の財務デューデリジェンス、中小企業のM&A・事業承継支援に従事。
沖縄税理士会所属(登録番号 第138425号)
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